2008年06月10日号
ウェーランド経済書講述記念講演会

“慶應ボーイ”の姿勢語る
小泉先生「善を行うに勇なれ」
福澤先生ウェーランド経済書講述記念講演会が五月十五日、三田キャンパス三田演説館で開催された。この講演会は、戊辰戦争の砲声が鳴り響く中でも悠然とウェーランド経済書の講義を続けたという、学問教育の尊重を何よりも優先する義塾の伝統を今に伝えるため、毎年行われているもの。今年は、本学経済学部長の塩澤修平教授が、「慶應ボーイ小泉信三―気品の泉源・知徳の模範の体現者」と題する講演を行い、元塾長・小泉信三先生の精神や活動について語った。
塩澤教授はまず、中学生のときに「読書論」を読んで感激し、慶應への進学を目指したこと、二十歳の誕生日の記念に「小泉信三全集」を注文したことなど、小泉先生との出会いを語った。
続いて、芸術・スポーツのよき理解者だった小泉先生の「フェアプレーの精神」について、言論人としての例を挙げて紹介。論争相手が健在で反論の余地があるときには辛辣に批判する一方、故人となり反論できなくなった後では、相手の長所を称え名誉を尊重した姿に、フェアプレーの精神、気品の泉源の姿を見ることができると語った。
また、小泉先生が日本社会に果たした最大の功績として、「平和論」を挙げて説明。戦後当時、米ソ両陣営と講和条約を結ぶべきとする「全面講和論」が世論の大多数を占める中で、ソ連との締結に反対する「単独講和論」を唱え、日本の独立に尽力した小泉先生の現実を踏まえ、先を見据えた決断を高く評価した。
さらに塩澤教授は、小泉先生の言論は、常識ある判断に基づいていたもので、決して奇をてらうようなものではなかったと強調し、誰にも言えそうなことを、誰も言えないようなときに敢えて言ったところに小泉先生の真価がある、と語った。そして、“善を行うに勇なれ”の言葉に見られるように、正論を勇気をもって言う小泉先生の姿勢こそ、様々な不祥事が起こっている今の時代に必要なものだと主張した。
その上で、そうした言論の背景には、確固たる学問的知識、勇気と素養、ユーモアと余裕が感じられ、加えてフェアプレーの精神も見られ、それがまさに独立自尊の気概に満ちた気品の泉源、知徳の模範たる慶應ボーイの典型だと述べた。
そして最後に、慶應ボーイのあるべき姿を語った。まず、慶應ボーイには知性が必要であり、専門的知識だけでなく幅広い教養、自己の信念や思い込みにとらわれない柔軟な発想も求められ、それは広い意味での遊び人の心、人間関係を大切にすることにもつながると語った。さらに、フェアな態度も求められ、外見にもこだわると加えた。そして、こうした要素が言論に自然に表れるのが慶應ボーイであり、その典型が人間の尊厳と自由を求めた小泉先生だったと語った。
当日は、旧図書館で「小泉信三展」が開催されていこともあり、会場は立ち見が出るほどの大盛況で、約二百人の来場者が名塾長の思い出や功績に想いを馳せていた。
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環境テーマにシンポ

最先端の取り組みを紹介
創立百五十年記念シンポジウム「地球環境―夢プロジェクト」が五月十一日、三田キャンパス西校舎ホールで開催された。本シンポジウムは、高校生、大学生など次代を担う若者を対象に、義塾の環境問題に関する研究や取り組みを伝え、行動を起こすきっかけにしてもらうことを目指して企画されたもの。
プログラムは、安西祐一郎塾長からの挨拶、基調パネルディスカッション「慶應義塾からのメッセージ」で始まった。ディスカッションでは、コーディネーターの和気洋子・商学部教授と、朝日新聞社の荻野博氏を進行に、環境問題に取り組む五人の各学部の教授たちが、環境問題について専門分野の観点から解説した。
エネルギー研究の第一人者である佐藤春樹・理工学部教授は、今日の環境問題は社会システムの問題であり、いかにエネルギーを使わない生活パターンを築くかが重要、と指摘。また、地球温暖化の原因は、太陽熱で高温となり大気を暖めてしまう街づくりにもあるとし、森林を増やすことで水の循環を増やし、水で地球を冷やす方法も考えられると述べた。
また、電気自動車エリーカを作った清水浩・環境情報学部教授は、温暖化の問題は十分に解決でき、これからは今まで以上に快適な社会ができると強調。太陽電池が家庭で使える時代になり、現在の使用エネルギー源を化石燃料から太陽電池へ変えることができれば、地球全体のCO2排出量の六五%が削減でき、残りの三五%も電気自動車などで解決できると説明した。古い技術から新しい技術への転換の仕組みづくりが重要であると述べ、経済学、政策と技術が共になって進んでいくことが必要と訴えた。
その後は、「地球環境資源」、「エネルギー」、「国際協力」の視点から環境問題を掘り下げる三部構成のプレゼンテーションが行われた。最後は、「クロージングセッション―そして未来のキャンパスへ」と題して、慶應義塾からの提言が発表された。
当日は、立ち見が出るほどの約千人の来場者で一杯になり、環境問題への関心の高さをうかがわせた。
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松岡修造氏 熱く語る

一所懸命の大切さ伝える
創立百五十年塾生スタッフ企画の先導者シリーズ第二弾・松岡修造講演会「先導者の本気力!テニスコートのアツさを日吉の大教室で再現!」が五月二十一日、日吉キャンパス第四校舎のJ24教室で行われた。昨年十月、先導者シリーズの第一弾として、池上彰氏が講演している。
講演では、まず北京五輪の応援団長に任命されたこと紹介しながら、応援について持論を展開。そして、経験からつかんだ内容を語っていった。松岡氏にとって、ジュニアの遠征のときに感じた、「ミスは悪くない」というのが、大切な言葉になっている。「僕は失敗の王様。だから、これだけ語れる。大切なことは、二度同じ失敗を繰り返さないこと」と述べた。
また、怪我で苦しんだとき、初めは「なぜだ」と不平をぶつけていた。しかし、ある出会いを通して、「じゃあ、どうするか」と発想が転換されたところから、飛躍できたと語った。「チャンスをチャンスにしてほしい。そのためには、一所懸命にやることだ」と、聞きいる塾生たちに、熱いメッセージを送った。
ほか、スポーツには心技体とともに、眼が大切だと強調。記憶術や速読法、古武術など、いろいろなものを採り入れたことを紹介。また、卓球の福原選手のことを挙げながら、基礎の確立、反復力がいかに大事かといった、体育会などスポーツをする塾生が具体的に実践できる内容も多かった。
豊富な体験談とユーモアを交えながら熱く語る松岡氏の講演に、真剣に聞き入る聴衆からはときに笑いもあがった。講演後の質疑応答では、塾生が部活でぶつかる壁などを質問。松岡氏は強く励まし、そのあとサイン入りのリストバンドをプレゼントしていた。
松岡氏は、日本を代表するトップテニスプレイヤーとして活躍。現在は、世界を目指すジュニアの指導など、後進の育成に従事している。また、「報道ステーション」などメディアでも活躍中である。
当日は、大勢の塾生が集まり、入場制限が行われ、あふれた塾生のために、モニター会場を設置。講演後、多くの塾生たちは、松岡氏の熱気に顔を上気させていた。
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小泉信三記念講座
竹田JOC会長が講演
平成二十年小泉信三記念講座が五月十四日、三田キャンパスの北館ホールで開催された。今回の講師は、(財)日本オリンピック委員会(JOC)会長の竹田恆和氏。「スポーツと私-北京オリンピックを前に-」と題して、約一時間半にわたり講演した。
竹田氏は、馬術競技で五輪に出場したこともある馬術の名手である。前半は、馬との出会いやその魅力について語った。馬は情操教育に良く、愛馬精神のエピソードとして、戦前のロサンゼルス五輪に出場した城戸選手を紹介。金メダルを目前としながら、愛馬の危機を感じて棄権。その精神は、多くの人々から讃えられ、アメリカに記念碑が作られている。
次に、小泉信三先生の言葉を紹介しながら、スポーツの素晴らしさについて語った。勝つための努力が一番大切なことで、つらいときに頑張り通せるか、通せないかで、その人の人生が大きく変わる。小泉先生の「練習は不可能を可能にす」は、自身の座右の銘であり、つらい練習に耐えることが大切だと述べた。
また、七、八分ほどのJOCの紹介映像を放映し、会場は改めてスポーツの魅力に感動。この感動の背後に、多くの努力があるからだと述べた。
その後、チームジャパンとしての取り組みを説明。北京五輪に向けての構想などにも触れて、講演を終えた。
当講座は、故小泉信三博士の人と学問を記念して設けられた小泉基金により、全学的な総合講座として年に数回実施されている。
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星出さん宇宙へ
矢上キャンパスで塾員ら応援
本学塾員の星出彰彦さんの搭乗した米航空宇宙局(NASA)のスペースシャトル「ディスカバリー」が五月三十一日(日本時間六月一日)、米フロリダ州のケネディ宇宙センターから打ち上げられた。打ち上げに際して、同日早朝、「翔べ!宇宙へ!星出彰彦君を応援する会」が、矢上キャンパスで行われた。
会場では、六時二分打ち上げに合わせ、カウントダウンを行った。スペースシャトルが飛び立つと、会場は大きな歓声と拍手がわき起こった。なお、シャトルには、本学理工学部からのスペースシャトル公式飛行記念品として、アルミ製の「宇宙ソロバン」が搭載された。
当日は、ラグビー部OBでもある安西塾長を始め、関係者、塾生など約百五十名が参加した。
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小泉信三展 開催
天皇皇后両陛下も来場
「生誕百二十年記念 小泉信三展」が五月八日から五月二十一日まで、三田キャンパスの図書館旧館大会議室で開催された。五月十六日には、天皇皇后両陛下が三田に来られ、展示会をご見学された。両陛下は、東宮御教育常時参与であった小泉氏の展示品を熱心にご覧になるなど、当時をしのばれていたご様子だった。
当展示会は、故小泉信三元塾長の生誕百二十年を記念し、未公開の遺稿を始め、書簡類、愛用の品などを通して、その生涯を伝えるためのもの。
(4面に関連)
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中津から三田まで歩いて踏破へ
創立百五十年記念「歩いて識る百五十年“中津から三田へ”1,500km」の出発式が六月一日、大分県中津市の福澤旧居前駐車場で行われた。これは、本学ワンダーフォーゲル部と同部三田会が、八ブロックに分け、延べ四百六十人が約五カ月かけてリレー形式で踏破するもの。
式では、種田明乗中津三田会会長の挨拶、新貝正勝中津市長など来賓の祝辞があった。また、中津市内の小学生による踊りが披露された。そして、「若き血」が流れる中、塾生三人を含む四十一名が、中津を出発した。
ゴールは、創立百五十年記念式典当日の十一月八日を予定。
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室伏鴻舞踏公演

全身銀塗りで圧巻の表現力
二〇〇八年度 新入生歓迎行事、室伏鴻舞踏公演「quick silver/HIYOSHI version」が五月二十六日、日吉キャンパスの来往舎で行われた。主催は本学教養研究センター日吉行事企画委員会(HAPP)、本学アート・センター。
室伏鴻は、暗黒舞踏という新しい舞踏形式を確立した土方巽に師事。その後、独自の舞踏へと昇華させる。その活動は国内にとどまらず、国際的に注目されている。
当日は四百人近くの観客が詰めかけ、その迫力ある舞踏に圧倒されていた。
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福澤研究センター開設25年記念講演会
福澤研究センターの開設二十五年記念講演会が五月三十日、三田キャンパス北館ホールで開催された。当センターは、本学創立百二十五年記念事業の一つとして、一九八三年に三田キャンパス旧図書館内に、開設された研究所。主に、福澤先生および慶應義塾に関する資料の収集・整理・保管を行っている。
まず始めに、武蔵野大学学長の寺崎修氏が、「福澤諭吉の近代化構想」について講演した。福澤先生の著書を引用しながら、先生の天皇制、議会、内閣、地方制度に対する構想を紹介していった。帝室に対しては、「政争の外にある存在で、政治的対立を超えたところにあるべき」と考えていた。この『帝室論』は、小泉信三氏が皇太子(現天皇陛下)にご進講するとき、『ジョージ五世伝』とともに用いたという。また、いま行われている道路の財源に関する議論などは、百年も前に先生が言及した内容であり、「提言されたことの多くが、まだ実現していない」と述べた。
次に、東京大学大学院総合文化研究科教授の松浦寿輝氏が、「福澤諭吉のアレゴリー的思考」と題して、講演。
最後に、国際日本文化研究センター所長の猪木武徳氏が、「福澤諭吉と人倫の思想」について講演を行った。福澤先生の「公」と「私」の重層構造に注目しながら、その倫理思想について論じていった。
今回は、三人による講演という充実した内容で、先生について理解を深める、よき機会となった。
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駐日英国大使が講演
慶應義塾創立百五十年記念セミナー、第一回「~英国に学ぶ~」が五月十七日、三田キャンパスの北館ホールで行われた。主催は、慶應あるびよんくらぶ。なお、続けて、第二回セミナーが五月二十四日、第三回セミナーが五月三十一日に行われた。
まず始めに、駐日英国大使のグレアム・ホルブルック・フライ氏が、「シェイクスピアからベッカムまでー日英関係」と題して、日本語で講演した。グレアム氏は、国際問題について、日英がほとんど同じ意見を持っていることを紹介。価値観を共有できる関係であることを説明した。また、義塾に対しては、「すでに国際的だけど、課題もある。国際語として、英語が必要。もっと留学生なども呼んで、いろいろな研究をしてほしい」と述べた。
次に、本学看護医療学部教授の山内慶太氏が、「福澤先生の英国体験」をテーマに講演した。山内氏は、様々な記録を使いながら、精神病院や初等中等一貫校を見学した様子について語った。そして、福澤先生は訪英を通して、「富国強兵のためには、人を育てないといけない」と考えていたことを紹介した。
あるびよんくらぶは、一九四九年、敗戦後の混沌の中で、英国文化から改めて学ぼうとする人々のくらぶとして発足した。当くらぶは、大学支部として二人の塾生により発足。現在は、現役学生による活動は行われていない。
当日は、あるびよんくらぶOBなどが、多数参加。会場に入りきれなかった人は、三階のモニター室で聴講した。
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U2・ボノ氏に名誉博士号
アフリカ支援で尽力
特別講演 日本の貢献に期待

アイルランド、人気ロックグループ「U2」のボーカル・ボノこと、ポール・デービッド・ヒューソン氏に対して、本学名誉博士称号授与式が五月二十七日、、三田演説館で行われ、その後、慶應渋沢講座ボノ特別講演が開催された。これまで本学は、塾内外を問わず、学問・文化向上に功績を挙げた人物に名誉博士の称号を授与。今回の名誉博士号は、アフリカ貧困撲滅運動やエイズ対策支援などに貢献したとして、授与されることになり、ボノ氏で六十七人目。
ボノ氏が三田キャンパスの中庭に現れると、多くの塾生が歓迎。ボノ氏もそれに受け、ハイタッチや校舎から呼びかける塾生たちに手を振るなど、気さくに応えた。
三田演説館で行われた授与式では、国分良成法学部長が推薦文を朗読。その後、安西塾長から名誉学位記が授与された。ボノ氏は、演説館の福澤先生と同じポーズをとるなど、ユーモアを交えながら挨拶した。
その後、西校舎ホールに移動して、「地球的課題への挑戦ーアフリカの貧困・エイズ」と題して講演した。ボノ氏は、百五十年前に起こったアイルランド飢饉を例に出しながら、アフリカの現状を説明。アフリカは本来、豊かな場所なのに、まずい管理、運営が長年続いたため、苦しんでいると述べた。そして、「この飽食の時代に、大規模な飢餓が起こっている。今を貧困の終わりの始まりにしたい」と訴えた。また、二〇〇六年のU2ツアーでは、日本の国旗を持ってステージに上がったことを紹介しながら、「日本がリーダーシップを発揮すれば、貧困は解決していける」と日本に大きな期待を示した。

ボノ氏は、世界的な音楽家としての知名度を最大限に生かして、献身的に活動を展開。G8サミットや世界経済フォーラム(ダボス会議)にも招待されるなど、世界の指導者から注目されている。主な活動として、二〇〇二年にアフリカの貧困とエイズ撲滅を掲げるNGO「DATA」を設立、二〇〇四年には「ONEキャンペーン」を設立、さらに二〇〇六年には、エイズ対策基金、「RED」を設立するなど、アフリカ支援を中心に活躍している。
当日、塾生たちは二時間以上前から、講演会のために列を作っていた。会場には収容しきれず、他の教室でライブ中継が行われたほか、日吉、湘南藤沢にも中継された。
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