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2007年02月10日号

『宗教の経済思想』 保坂俊司著、光文社新書

経済倫理の建て直しを説く

 グローバル経済の進展に伴い、経済格差の拡大や金銭欲に駆られたエリートの犯罪が深刻化している。かつては「お天道様が見ている」という価値観があり、共同体による助け合いが機能していた。ところが、個人の欲望追求を善とする市場経済主義が過剰になった結果、伝統的な倫理や共同体が崩壊する事態に直面し、資本主義の意味が今、改めて問い直されている。

 西欧資本主義の倫理がキリスト教の宗教改革によってもたらされたことは、よく知られている。救いに対する神の絶対性を認める信仰の中で、「あたかも救われている者のように行動する」というカルヴァンの予定説が、人々に勤勉をもたらした。こうした経済倫理は、二〇〇八年に現役を引退し、個人資産を投じてボランティアに専念すると宣言したビル・ゲイツの生き方にも現れている。

 同様の思想は、日本においても仏教を基盤に生まれた。在家が増えたインドで二世紀に生まれ、中国を経由して渡来した大乗仏教は、世俗化しやすい性質を持っていた。日本仏教が確立したのは鎌倉時代。商業の発達を背景に勤労倫理として提唱したのは、江戸時代初期の鈴木正三(しょうさん)だった。正三は日常生活が即仏教生活であるとし、仏教の救済思想を大転換させる。

 農業では、二宮尊徳が農作業を信仰の実践として意味づけ、倹約・勤勉の生き方を広めた。さらに尊徳は、藩財政の建て直しや農村の振興にも実績を上げ、その影響は今も残っている。人口の八割を占める農民、経済の中心である商人がしっかりした経済倫理を身に付けていたことが、明治以降の日本の近代化を可能にした。

 二十一世紀の日本の経済社会を展望すると、著者の言うように、宗教に基づいた経済倫理の建て直しこそ中心課題のように思える。(T)【税込七三五円】

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