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2007年01月10日号

「年頭に想う」

基礎こそ成功の鍵
建学の精神に立ち返れ

 今年は久しぶりに正月を関西の実家で過ごした。品川から新幹線で約二時間、開業十周年を迎える近代的な京都駅ビルに到着し、ローカル線を乗り継いで一路我が家へ。懐かしさも加わって、電車に乗りながら、やっぱり京都はいいなあ、としみじみ感じた。とりたてて案内に明るいわけではないが、窓から見える街や寺院の風景、地元の言葉、車内の吊り広告に至るまで、何とも言えない上品さに包まれている。

 一概には言えないが、東京の無機質なビル群と人波にさらされると、京都に培われた歴史の深みが自然と肌身にも感じられるのかもしれない。

 この京都の地から、一九八一年に一人のノーベル賞受賞者が生まれた。フロンティア軌道理論を唱えた京都大学の福井謙一博士である。京都大学は、政治の中心から離れた真理探究の学府として開設され、その学風は「自主と自由」と表現される。私学の義塾とも似通う点があるかもしれない。

 その中で才能を存分に発揮した福井博士は、生前よく「基礎を勉強しなさい」と学生にアドバイスしていたとのこと。福井博士を輩出した工学部化学系教室では基礎重視の哲学が伝統として現在に至るまで生きており、その蓄積がノーベル賞受賞の土台を培った。基礎の力の偉大さが分かる。

 同じく京都の地に、日本初のモルトウイスキー工場を作った企業として、大手飲料メーカーのサントリーがある。そして、「BOSS」「なっちゃん」といった同社の売れ筋商品の中でも異彩を放つのが、二〇〇四年に発売されたペットボトル緑茶「伊右衛門」である。

 品切れによる出荷停止となるほどの大ブレークを記録した同商品だが、そこまでの道のりには挫折もあり、「伊右衛門」の前に発売した無糖茶飲料は史上最悪の失敗だった。その開発を担当した沖中氏は次のように語っている。「競合他社ばかりを意識した開発発想になっていて、肝心のお客様が今、どんなお茶を求めているのかという発想が希薄になっていたんです」(秋場良宣「サントリー 知られざる研究開発力」ダイヤモンド社)。

 再チャレンジの機会を与えられた沖中氏らは、背水の陣で「伊右衛門」開発に臨むに際し「お茶とは何か、何がお茶と日本人の関係であるのかを素直に見つめ」「緑茶という飲み物の原点に立ち戻って考えた」(前掲書)。基礎の見直しが奇跡の挽回を可能にしたのだろう。

 「基礎力」の重要性という点から最近の日本を見てみると、基礎を手抜きする耐震偽装の事件などは分かりやすい悪例だが、日本を世界有数の豊かな国に育て上げた勤勉さや倫理観といった精神構造、基礎学力、確かな技術力など、基礎が揺らいでいると言われ地位の凋落が進んでいる。

 目下進行中の財政、年金、教育などの構造改革が日本の基礎を打ちたて直し、未来のビジョンに向けてスタートする第一歩だとすると、この基礎作りをどこまで徹底できるかがポイントになる。

 では、学生である私たちにとっての「基礎」とは一体何か。入学式の祝辞で、岡部光明総合政策学部教授は建学の精神「独立自尊」に絡めて、学生の本分は「一生懸命勉強すること」と語ってくれた。授業のみならず、幅広い読書、友人との議論などを通して身につける自信が独立を可能にし、先人の知恵を自らの中に蓄積することでひらめきが生まれる、という。

 思いが散漫になりやすい学生生活において、学生の本分、そしてまもなく百五十年の歴史を刻む義塾の建学の精神という「基礎」に立ち返ることが、未来を拓くために必要なことではないか。

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