2003年04月10日号
私の塾生時代 フジテレビアナウンサー 中野美奈子さん(平成14年商学部卒)
大きな花を咲かせて!
皆さんは新しい種
「めざましテレビ」「笑っていいとも」で、今やテレビでもお馴染みの顔となった中野美奈子さん。昨年フジテレビに入社し、新人ながら長寿番組二本を担当するという大抜擢を受けた。すてきな笑顔もさることながら、全力投球するその姿に感化を受ける視聴者も多い。「100%の大学生活だった」という中野さんに、大学時代を振り返ってもらった。
――最初に、慶應を選ばれた理由を聞かせてください。
高校生の時からテレビとか、マスコミにとても興味があったので、地方よりも断然情報量の多い東京に行って、メディアに触れてみたいと思っていました。指定校推薦で慶應に入ったのですが、推薦でこの大学に行きたいと思った理由は、慶應にはメディアコミュニケーション研究所(旧新聞研究所)というのがあることを知って、「こんな勉強ができるのだったら」と思ったからです。実は、メディアコムに入るのに、試験があるとはまったく知らず、ガイダンスに行ったらすごく難しい英語の試験とか過去問が出されて、絶対これは受からない、どうしようかと思いました。あきらめた友達もいたのですが、でも、一応受けてみようと思ったら、すごくラッキーなことにこのときだけ○×試験でした。それで、幸運にもその試験に受かって、二年生の四月からメディアコムに所属しました。
ゼミを通して多くの友人に出会えた
――大学時代、特に思い出に残っていることは?
一番思い出に残っていることといえば、ゼミを通して多くの友人に出会えたことですね。大学二年生からメディアコムに在籍して、大学三年生からは、商学部の遠藤ゼミで国際政治経済を専攻しました。メディアコムは週一回ゼミがあって、遠藤ゼミは週二回。商学部の単位以外にメディアコムの卒業単位があって、別にとらないといけないので、余分に勉強しないといけない。だから、月曜日から、土曜日までほとんどフルに大学に通っていてかなりハードでしたね。でも、それはそれですごく楽しかったです。
三年生ではメディアコムの菅谷研究会の三田祭委員長になったのですが、これが「三田祭委員長ってこんなに大変なんだ」と言うくらい大変で、携帯電話が今後どうなっていくのかについての調査を行いましたが、初めどういう段取りで論文を書き始めるかとか、アンケートをどのくらいやっていくかとか、取材はどこにどのくらいするかとか、今までは全部受け身だったのが、今度は自分で全部決めなくてはいけない。さらに、個性的な人が多くて、いろいろ言われるんです。それで、もうやめたてしまいたい、投げ出して誰か他の人にやってと言い出したくなった時が何度もありました。でも、自分が先輩から受け継いで、とても楽しかった内容を、後輩にも受け継いでもらいたいと思って、その一心でとにかく頑張りました。その時、取材名義でいろいろなところへ行きましたが、学生なのにスーツ来て社会人みたいに外を回っていて、すごく刺激的で勉強になる毎日でした。
100%飽和状態だった大学四年間
―― 一方の商学部のゼミはどうだったんですか。
商学部では遠藤ゼミに入ったのですが、私たちの代が第一期生で新規ゼミでした。全員で十一人、その中の女の子は三人だけで、しゃきしゃきっとした子と、もう一人すごく個性的で不思議な子がいて、このゼミに入らないと話したりすることもなかったかもしれません。でも、すごく頭のキレる二人でいつも一緒でした。また先生が明るくおもしろい人で、人脈も多く、早稲田の弁論部とディベートをやったり、あと、日本銀行に勤めている人を連れてきてその人の前でゼロ金利について、ディベートしたりとか、いろいろな経験をさせてくれました。学生と先生の距離がとても近くて、すごく伸び伸びと勉強もできるし、先生とのつながりもできるし、ゼミのメンバーは生涯の友達ですね。今も、会社のデスクにゼミの写真を貼っていて、何か辛いことがあっても、いつもみんなが応援してくれているみたいで、とても勇気付けられています。
――すごく充実した大学生活だったんですね。
本当に充実していました。もし大学生に戻れるなら、あの四年間をもう一度やりたいですね。普通、いろいろやり残したことってあると思うのですけれど、私の場合、ほとんど百パーセントに近い飽和状態で卒業できたと思います。例えばアナウンサー試験や就職試験で、自分の学生時代がどうだったかと聞かれて、それでもしアナウンサーに採用されなかったとしても、あきらめがつくと言うとおおげさかもしれませんが、「自分は大学四年間に誇りを持っているけれども、ただ、この場ではそれが生かされなかった」みたいな。そういう意味で、後悔することはないですね。
緊張、早起き、勉強の入社一年目
――入社されてから、ちょうど一年が経ちますが。
一言で言うと、緊張と、早起きと、勉強の三つの一年でしたね。朝はだいたい二時四十分頃に起床していますが、学生時代は午後二時過ぎに起きたりして、それこそ四限のゼミですら遅れ、また遅刻かって言われていたのですから、この変わりようは本当にびっくりしています。
今、とてもうれしく思うのは、「めざましテレビ」や「笑っていいとも」という長寿番組を担当していること。「めざましテレビ」は、ちょうど今年十周年目になり、「笑っていいとも」もギネス入りしました。長い間続いている番組だけあって、とても学ぶことが多いです。例えば「笑っていいとも」では、タモリさんが、どんなゲストが来ても楽しいトークを展開する。これって本当にすごい大切なことだと思うんです。そういう話術をみて勉強することもあります。
また、最近、インタビューすることが増えてきて、その雰囲気作りをもっと勉強しないといけないと感じています。やはり、話したいって思わせないと相手も話してくれないですし、意外とカメラが回っていると、しゃべれないことってあるんです。実際ロケに言っても、「ハイ行きます」というと、さっきまで自然にしゃべっていたのに、急に止まってしまったり、すごく面白い話をしていたのに、急に真面目な話になってしまったり。私自身が雰囲気を和ませていかないといけない。今後の課題ですね。
――最後に、新入生にひと言お願いします。
学生ということが本当にうらやましい!慶應大学に入って、いくらでも勉強できるし、遊ぼうと思えばいくらでも遊べる。友達を増やそうと思えばいくらでも増やせる。すごく肥やしがしっかりした土にいるみたいなもので、せっかくそれだけの肥料があるのだから、どんどん自分のやりたいことをやって吸収してほしい。例えば、自分が新しい種だとすると、芽が出ても、風が吹いて強風で倒れちゃったり、傾いたり、枯れたりすることもあるかもしれないけれど、慶應大学という、土は絶対変わらない。自分のやりたいことを百パーセント前向きにやってほしいと思います。そして、どんどん大きな花を咲かせてほしいです。
なかの・みなこ 1979年12月14日生まれ。香川県出身。2002年本学商学部卒、同年フジテレビにアナウンサーとして入社。「めざましテレビ」で情報キャスターを務め、「笑っていいとも」では火曜日のテレフォンアナウンサーを担当する。毎週土曜日放映の「晴れたらイイねッ!!」にも随時出演、この4月からは新番組「00セレブ」(毎週水曜日深夜放映)のプチコーナーも担当する。