2009年02月10日号
塾員投稿 『高く新たに…“丘の上”物語』 37 石沢幸一郎
何か打ち込めるものを
暇もてあまし余計な事に
またまた塾生の大麻事件が報道された。諸君のなかに、そんなに暇があって、退屈している人が多勢いるのだろうか?……学校に来て、授業を受け、終わったら家へ帰る。ちょっとノートに目を過ごす。夕食を過ぎたら、新聞かTVを見る。日曜日は映画とか美術館か展覧会へ行く。そんな“受身”だけの学生がいるのだろうか?塾にとっては、授業だけを授けてやるだけで極めて安上りな学生だ。こんな学生は、暇をつぶしたくて余計な事をしたくなる。
体育会の学生は、いそがしい。野球やサッカーなど、華やかな部には学校も、先輩たちも寄付や補助金を出して盛大に応援している。私も剣道部の末席にいた経験を報告しよう。稽古が毎日ある。たまには休めないか……と思うのに、皆、道場へ駆けつける。誘われて来るのではない。本人が稽古をしたくて、しょうがないらしい。日曜は休日だと思うと、「どこどこのイベントに、出席して試合をして来い」といわれる。冬休み、夏休みには合宿がある。寒中の暗い時と、熱い時には、寒中と暑中稽古がある。慶早戦になると、全員が死にもの狂いになる。全体勢になる。全国から先導たちに応援に駆けつけてくる。これでは“麻”の実を育てる……なんという暇はない。
戦前のヨット部は、常時、ヨットのある合宿に居泊りしていた。ヨットの練習はヨットを浮かべる水面が無ければ出来ないのだ。部の休みになって自宅へ帰る……という生活のようだった。
何もしない学生と体育会の学生との間に、こんなに違いがある。この両者の間に、いろいろな中間層がある。体育会の中にも、毎日稽古、練習がある部ばかりではない。さらに、“準体育会”と言うのか、昔は“塾内対抗”との同好の公認団体がある。アイスホッケー同好会は中々盛大である。山岳部は“きつい“という向きにはワンダーフォーゲルがあるが、これも中々厳しそうだ。
体を動かすのは下手なら、文連が豪華な間口をあけて待っている。俳句の会、美術や商業美術の会がある。只今現在、何処へも所属していない諸君がいたら、すぐ何処かのドアを叩くべきだ。今年の新入生と一緒へ入部するのはダサいだろう。クラスの仲間とは、どんなに親しくつき合って、生涯、血肉を分けるような友情を築いた……としても、同じ年令だから一緒に老いを迎え、固い友情も消失する。体育会や同好会には先輩、後輩が出来る。私なども先輩の葬式に参列するなど、煩わしいと思った事も正直あったのだが、只今85才余の高令、末途(マツゴ)を迎え、同級の絶えようとしている中で、元気な先輩と後輩に恵まれていると思うのだ。暇を悪用して塾長、教授、級友、先輩、後輩に迷惑をかける人が根絶するよう願っている。
(昭和十八年高等部・二十二年経済卒)
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塾員投稿『市場経済システム戦後復興経済の終焉』 古川 桂司
市場経済による企業活動は、第一に売上アップとコスト削減による利潤追求です。又、シェアを拡大すれば、一商品に対する製造コストや販売コストを低くでき価格競争においても有利であり、企業のシェア拡大競争はとどまるところがありません。殆どの企業が毎年、前年対比でより多くの売上上昇を目指しているので、一定年数を経過すれば需要より供給が多くなるのは必然です。
つまり、多くの企業がシェアの拡大を続ければ、当然の結果として必要以上の商品が流通し在庫が増加することとなり、値下げ競争、ディフレ、企業利益の減少或いは赤字となります。それを回避するため人員削減や合併による効率化、或いは生産調整により企業の存続を図りますが、倒産による生産調整をも含め、市場での消費可能商品数量に対応できる企業規模(数)まで減少します。このように、一般的にシェア拡大競争と過剰生産、供給過剰による経営悪化による生産調整、合併、倒産等により、商品数量の適正化が計られ、その数量に対応できる企業規模(数)への淘汰の繰り返しとなります。
国民全体としての消費可能額、つまり総需要を増加させるには、人口増加、失業率低下、昇給、減税と言うことになりますが、現状の日本は人口が減少傾向であり、増税を前提にすれば、国民全体の消費可能額が減少すると言う試算になります。
一般的に不況時の景気対策は雇用の拡大と消費の拡大ですが、過剰生産状態の業種以外の産業へ経済構造を移行するのが、不況時に行う経済政策の基本と考えます。例えば、エネルギー関連で言えば現状のエネルギーシステムから、バイオエネルギー等の新エネルギーに移行するとか、電気自動車などです。
経済の構造改革を棚上げしての景気対策の議論は、逆に景気回復を遅らせ、結果として増税に頼ることになりかねません。
景気低迷の時期に民営化株式を放出すると、流通貨幣量が減少し景気刺激策に逆行するとか、経済を失速させる可能性を論ずるのであれば、増税はその比ではありません。ただきめ細かな対応も必要であり、民営化株式を購入した場合は、その額又は規定額以下を所得税から控除できるシステムとすれば、特に不況のときには景気刺激効果となります。又、国営企業の所有権は納税者国民であり、民営化株式の全株券を国民に均等に無償配布するのもいいかもしれません。
つまり、企業のシャア拡大競争により商品が過剰となり、生産調整、企業倒産等により市場の総需要に合った供給に戻ると言う、経済の自動調整機能による景気回復システムに逆行しない公共投資や政策が重要であり、特に不況対策として行うのであれば、生産過剰商品の増産を手助けする公共投資を行わないでことです。
しかし、企業救済の制度として借入金の返済を1年間猶予するなどの政府保障とか、政府が不況と認定したときに限り、派遣労働者の失業保健を6ヶ月間支払う制度を確立するなども、結果的に消費能力の低下を抑えることとなり、景気対策としても有効と考えます。
現状の日本を考えると、全産業を対象に温暖化に逆行する商品開発と言う、無限に近い市場が存在します。日本は戦後の復興と言う、当時は無限と思えた膨大な市場などにより日本経済は高度経済成長を成し遂げましたが、今や戦後復興経済も供給過剰となり、更にその波及効果として環境破壊が進み人類の存続も危うくなりつつあります。しかし、何でも良く考えると、戦後復興以上の環境復興と言う新しい市場ができたことは、超ビッグなビジネスチャンスと言っても過言ではないでしょう。
【ふるかわ・けいじ】昭和48年商学部卒。同年競技運転者Aライセンス(国内)取得、ラリー等に参加。
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順風満帆
ここしばらく目したコピー機に長蛇の列という光景も、ようやく落ち着いた。期末試験が終わったのだ。一年間の勉学を総決算するともいえる期末試験だが、その実、情報戦の様相を呈している。より質の高いノート、過去問、対策集を手にするため、各々人脈を駆使しながら、走り回るのだ。人脈がない科目は、授業で一番前に座っている人にお願いすることもある。中には、自分がほしいノートをコピーしているグループに飛び込んで、分けてもらう強者もいるとか。
これは、一概に悪いとは言えないと思う。例えば、受験生なら、赤本などの過去問集で勉強するのだから。ただ実際、過去問があれば、内容を理解していなくても単位が取れてしまう授業もけっこうあるように感じる。その試験問題の作り方に、問題があるのかもしれない。試験は、しっかり勉強する人、しない人に分かれると思う。どうしても人間、必要性を感じないとやらないものである。その科目が好きならばともかく、将来に関係ないなら勉強しないだろう。
ここで一つ、興味深い話を紹介しよう。忍耐するような作業が、脳の基礎体力を築くそうだ。一番よいのは家事とか。将来を考えれば、勉強も苦労した者勝ち!?ぜひ頭の基礎体力を鍛えるために、来年度はしっかり試験勉強してみてはいかがだろうか。
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