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2008年12月10日号

若き先導者たちへ -次代にたくす日本の未来⑧

  嘉悦大学学長、本学名誉教授 
   加藤 寛
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半学半教の伝統を

 〝全社会の先導者たらんことを欲するものなり〟―これは福澤諭吉先生が語った慶應義塾のあるべき姿である。本企画では、社会の先導者たちに、未来のリーダーとして学生が持つべき姿勢を学ぶ。第八回目は、SFC創立など数々の改革を成功させ、現在は嘉悦大学学長を務める本学名誉教授の加藤寛氏に語ってもらった。

――国際金融市場の大混乱について。

 一九二九年、世界大恐慌が起こり、失業者があふれた。これと同じ時代が来た。コンドラチェフの仮説というのがあって、五、六十年に一度の周期で景気の落ち込みがくるというもの。私は八十年経って、やっと同じ状況がきたと思っている。この理論が、いまでも残っているんだね。これが面白いところ。

 また、昔は金本位制だった。そして、帝国主義の時代。お互いの国を戦争でやっつけてやろうと考えていた。しかし、今は国際連合の時代だから、世界大恐慌にはならないと考えている。国際的に連携して、お互いが助け合おうという気持ちを持っている。


――今、国内ですべきことは。

 内需拡大になるような政策が必要。個人に給付金を出しても、道路を作っても、内需拡大にはならない。それでは何をすべきか。まず、どんどん病院を作ったらいい。しかし、それを厚生労働省が止めている。もっと外国人の医者や看護士を受け入れたらいい。それをしないから、医療費が高くなる。それでお金が足らないから、高齢者を別にして保険にしようとする。しかし、そんな必要はない。混合診療、保険と自由にお金を払う形を混ぜたらいい。お金のある高齢者は、いい医者に診てもらうためにお金を出す。そうすれば、医療費は足らなくならない。

 もう一つは教育。国立大学なんていらない。全部、私立でいい。

 三番目に農業。いまは株式会社でやっていいことになっている。しかし、農協がそれを邪魔する。いま、日本の農業は世界一である。だから、休耕地を作る必要はない。休耕地をなくせば、輸出もできるし、中国に頼る必要なんてなくなる。漁業も、取る技術は世界一。もっとやらせたらいいんだ。

 このように、日本という国は、ものすごい潜在力を持っている。所得減税をやっても、一時的でダメだ。そこを麻生内閣が分かっているか。これが問題である。


――加藤先生は様々な改革を手がけてきました。

 僕は不思議なことに、どこに行っても改革。慶應では、SFCを創ったね。慶應には、半学半教の精神がある。半分学んだら、半分教えろというもの。しかし、いまの三田は、自分のことばかりで、後輩のことなんか考えていない。三田は、半学半教の精神を失い、ダメになってしまった。だから、SFCを創った。

 僕はいつでも改革を考えていた。だからそのあと、千葉商科大学でも改革。現在、嘉悦大学に来ても改革。


――先導者としての心構えとは。

 現状に満足しないこと。現状に満足していたらお終い。心構えとして重要なことは、これだけだ。僕は、どこで身につけたか。これは兵隊に行ったから。戦争で敵に取り囲まれたら、やらないと死ぬしかない。こういうことを経験しないと、本当にどうにかしようと思わない。自分が死ぬ気になったら、何でもできる。


――義塾は創立百五十年を迎えました。

 ケンブリッジ大は八百年。お祝いだ。慶應は、それに比べてまだ百五十年だから、日本は若いなあ、と思うだろう。しかし、日本の大学の発祥は、お寺から始まっている。これは奈良時代からある。文科省の決めた大学が、百五十年というだけ。福澤先生は、東大の前身になる開成学校が設立されたとき、挨拶した。そこで、「大変立派な大学ができてうれしい。しかし、こんな国立の大学が日本に増えたら、日本の教育はダメになる」と言った。


――最後に、塾生へのメッセージを。

 塾生には、日本一の大学ということを自覚してほしい。国立大学に落ちたから、慶應に来たというバカなことを言うやつは、辞めろ。福澤先生は物理学と生物学にも造詣が深かったけど、文科系の学問を大切にした。日本の行政を司るのは、法学と経済学しかないと考えたからだ。これが福澤先生の伝統である。福澤先生は適塾に行って、塾頭になった。そして見事、半学半教の精神を実現した。これが、百五十年続いていることが素晴らしい。そういう伝統を持った大学だということを忘れないでほしい。

 あとは反官学、官僚をさらば、という精神がほしいね。官僚なんかになりたがるな。福澤先生は、官僚が大嫌いだった。しかし、国家試験に受かって官僚になり、官僚改革するというならやってほしいね。


【かとう・ひろし】1926年岩手県生まれ。50年本学経済学部を卒業後、66年本学経済学部教授。90年総合政策学部初代学部長、94年本学名誉教授、95年千葉商科大学学長に就任。その間、国鉄を始めとする三公社の民営化に携わる。また、90年から10年に渡り、政府税制調査会会長を努めるなど、教育・経済政策での改革に着手。現在、嘉悦大学学長。著書に、『改革の哲学と戦略』『「官」の発想が国を亡ぼす』などほか多数。

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2008年を振り返る 本紙が選ぶ義塾10大ニュース

 二〇〇八年も残りわずか。塾生たち皆もこの一年、さまざまなことを経験し、いろいろな思い出が残ったことと思う。今年は創立百五十年の年にあたり、義塾にとってもさまざまなイベントや出来事があった。ここでは「義塾10大ニュース」として二〇〇八年を振り返り、塾生たちの大学時代の一ページとして残してもらいたい。


  第1位 150年記念式典挙行
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 慶應義塾創立百五十年記念式典が十一月八日、日吉キャンパス協生館と陸上競技場で挙行された。当日は、三田、湘南藤沢、大阪の各キャンパスに中継会場が設けられ、総勢一万三千人の社中が集い創立百五十年を祝った。

 記念式典には塾関係者のほか、天皇皇后両陛下がご臨席され、白井克彦早稲田大学総長、ケンブリッジ大学、ハーバード大学など国内外の大学代表者、河村建夫内閣官房長官など多くの来賓が参列した。

 式辞で安西塾長は「この節目を新たな出発点として、すべてのエネルギーを傾注し、歴史ある私塾としての誇りをもって、日本と世界の未来のために貢献していきたい」と決意を新たにし、続いて天皇陛下が「「今後も慶應義塾が、国の内外で活躍する人材を数多く育て、送り出すことを期待しております」とあいさつされた。

 式典後には「未来先導宣言」が行われ、幼稚舎から塾員にいたる義塾社中が福澤精神の継承と未来へ向けての力強いメッセージを発表、最後は「若き血」と「慶應讃歌」を熱唱し幕を閉じた。
 翌日の九日には連合三田会大会も開催され、創立百五十年を祝い、社中の絆を深める一日となった。


  第2位 大麻所持で本学塾生2人逮捕
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 本学の男子学生二人が日吉キャンパスで乾燥大麻を売買したとして、大麻取締法違反容疑で神奈川県警中原署に逮捕されていたことが十月三十日に明らかになり、塾生をはじめ社中全体に衝撃が走った。メディアも有名私大が関与した事件として大きく取り上げた。

 逮捕されたのは、商学部二年の男子学生と、商学部一年の男子学生の二人。二人は「興味があって吸ってみたかった」などと話した。直後の記者会見では、二〇〇四年以降に同様の事件が五件あったことが公表された。

 大麻汚染は本学だけでなく他大学にも及び、早稲田大や同志社大、東京理科大でも相次いで学生が逮捕された。厚生労働省などのまとめでは、二〇〇七年に大麻取締法違反容疑で逮捕または摘発された大学生は九十四人に上る。インターネットや、大学生が海外などへ行く機会が増えたことが大麻との接点を増やしており、大麻汚染は今後さらに広がっていく可能性がある。

 本学は事件を受けて、安西塾長が各キャンパスで塾生を対象とした集会を開催。日吉で行われた最初の集会では、「立ち振る舞いや服装など、塾生らしくあってほしい。義塾の一員として、一緒に大学を守っていこう」と真摯に訴えた。


  第3位 大学選手権 8年ぶり決勝進出

 ラグビー全国大学選手権の決勝が一月十二日、国立競技場で雨天の中行われた。慶大は準決勝で明治と対戦し、後半追い上げられるも前半のリードを守りきり、決勝に進出。実に二〇〇〇年の優勝以来八年ぶりの決勝で、早慶決戦では実に三十九年ぶりという大舞台での一戦となった。

 序盤は一進一退の展開となるが、スクラムから早大に先制のトライを許す。その後、慶大もペナルティーゴールで3点を返して前半を3-7で折り返す。逆転の期待がかかる後半も早大に攻め込まれる時間帯が続き、早大得意のFW戦に持ち込まれて立て続けにトライを奪われる。エースのWTB山田も早大ディフェンス陣に封じられ、慶大得意のBKの展開力を発揮できない。慶大も3点返すものの、直後に試合を決定付けるトライを決められ6-26でノーサイド、八年ぶりの王座奪還はならなかった。


  第4位 薬学部新設 共立薬科大と合併

 今年四月、共立薬科大との合併により、本学十番目の学部として薬学部が誕生した。合併に向けては、〇六年十一月に薬科大から正式に合併の申し入れがあり、本学は理事会、評議員会を開き合意を決定した。

 従来、日本の私立は薬剤師養成のための教育に比重が置かれ、一方で国公立は研究に力を入れている。本学においては研究にも力を入れるべく、四年制の薬科学科を設置。六年制との比率は他の私立より高く、六対一となっている。薬剤師教育や薬学研究の間にあったギャップを取り払い、新たな薬学を創り上げる。

 薬科大は三田キャンパスに近いだけでなく、実は古くから本学と深い縁がある。一九三〇年十一月に共立女子薬学専門学校として設立されたが、創立者は本学経済学部を卒業した小島昇である。また、元塾長である鎌田栄吉も、同専門学校の顧問を務め、学校の基礎を築くことに協力している。

 一方、当初心配された旧薬科大生と塾生との交流は、いまだ進んでいないのが現状だ。一年生はまだしも、他学年との交流は今後の課題となっている。


  第5位 塾高が甲子園ベスト8
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 第九十回全国高校野球選手権に四十六年ぶりに出場した慶應高校野球部が、数々の強豪との熱戦を制し、みごと八十八年ぶりにベスト8入りを果たした。

 初戦を競り勝ち、二回戦も投打で圧倒、三回戦も田村から只野への継投で粘って勝利を収めた慶應高校は準々決勝へ駒を進めた。

 準々決勝の対戦相手は、浦添商。試合は投手陣の只野、田村が粘り、打撃陣も九回に一死一、二塁とチャンスを作るも、相手も譲らず延長戦へ突入。十回表に浦添商に1点勝ち越され、塾高もその裏の攻撃で一死二塁と好機を作ったものの、あと一打が出ず3-4で惜敗、涙を呑んだ。


  第6位 協生館が日吉に完成

 創立百五十年記念事業として日吉キャンパスで建設が進められていた協生館が八月に完成。社会・地域連携を展開する場として、塾内外の多くの人々に活用されている。

 設置施設は、五〇㍍室内プールや大学院施設などの塾専用施設のほか、定員五百人を収容し音楽ホールとしても利用可能な講堂、パーティー会場やセミナーとして使えるイベントホールなど一般開放施設もある。

 また、スポーツ施設「セントラルウェルネスクラブ」、ローソンやタリーズコーヒーなどの飲食店、パブ、レストランも十一月にオープンした。今後、医療施設のクリニック、保育施設「ベネッセチャイルドケアセンター日吉(仮称)」も開設予定。


  第7位 TDSで創立150年記念セレモニー
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 創立百五十年記念イベント「塾生集合!! 社中の絆 in 東京ディズニーシー(R)」が、開校記念日の四月二十三日、東京ディズニーシー(R)で開催された。

 当日は夕方から義塾の特別営業時間となり、夜には園中央の湾で記念セレモニーが行われた。

 記念セレモニーでは、本学塾員でアナウンサーの内田恭子さん司会の下、社中全体でペンライトのウェーブが作られると会場は光で一つになり、続いてこの日のためにアレンジした「若き血」を社中で大合唱、最後はショー用の花火が盛大に打ち上げられた。

 会場には延べ約二万千人の義塾社中が集結し、百五十年の絆を強く感じる思い出深い一日となった。


  第8位 バスケ部 インカレ4年ぶり7度目V

 第六十回全日本学生バスケットボール選手権大会(インカレ)が十一月から十二月にかけて開催され、本学男子バスケットボール部は四年ぶり七度目の栄冠に輝いた。

 関東2部リーグ優勝の慶大は、インカレに関東七位で出場。初戦の北海学園大、二回戦の早大に危なげなく勝ちベスト8に駒を進める。続く準々決勝の天理大、準決勝の専修大にも圧勝し、快進撃を続けた。

 迎えた決勝の相手は国士舘大。慶大は序盤こそ相手の3Pに苦しむものの、#11田上、#9小林、#7岩下の1オン1で得点を重ねて流れを引き寄せ、終始慶大がリードを奪い104-73で勝利を勝ち取った。


  第9位 園遊会が存続危機も非公式に続行

 全塾協議会事務局は五月下旬、今年度から園遊会を中止にすることを明らかにした。卒業準備委員会の不透明な財務管理や、園遊会後の卒業生による悪質な行為が原因。

 昨年六月、一昨年以前の園遊会費の一部が未払いであることが、園遊会に携わる業者側からの督促で露呈した。負債に関しては前年度卒業生から徴収した園遊会費から立替金を捻出することで返済した。

 また、園遊会後ホテルに宿泊した卒業生が起こす器物破損や暴力沙汰が、近年問題となっていた。

 なお、園遊会は公式行事としては行われないが、有志の在校生が集まっての非公式なイベントとして続行が決定。会計を含めた運営状況、運営結果について税理士を通して開示することで、事態改善に取り組んでいく。


  第10位 U2・ボノ氏が三田で講演
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 人気ロックグループ「U2」ボーカルのボノ氏が五月に来塾し、本学名誉博士称号授与式が行われたほか、特別講演が開催された。アフリカ貧困撲滅運動やエイズ対策支援などに貢献したことが認められての授与となった。

 ボノ氏が三田キャンパスの中庭に現れると、多くの塾生が歓迎。ボノ氏もハイタッチや手を振るなど、気さくに応えた。

 講演では、「地球的課題への挑戦―の貧困・エイズ」と題してアフリカ支援について語り、「日本がリーダーシップを発揮すれば、貧困は解決していける」と日本の協力に期待を示した。

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第50回三田祭 開催

  今年も多くの来場者
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 第五十回三田祭が、十一月二十一日から二十四日までの四日間にわたり三田キャンパスで開催された。

 毎年二十万人を超える来場者数を誇り、日本最大規模の学園祭として知られる三田祭は、今年も個性豊かな企画で多くの人を楽しませた。各サークルによる公演発表から各学部ゼミナールによる研究発表、ミス慶應コンテストやステージ企画に至るまで、約四百にのぼる企画が満載だった。中庭には百店を超える模擬店が出店し、普段は静かな三田キャンパスは塾生の活気に包まれた。

 毎年多くの著名人が来塾する講演会は、今年も豪華な顔ぶれとなった。エイベックス社長の松浦勝人氏と本学塾員のアナウンサー平井理央さんによる対談や、本学塾員で経済評論家の勝間和代氏、作詞家・プロデューサーの秋元康氏、本学塾員の弁護士でコメンテーターとしても活躍中の八代英輝氏など、社会で話題の人たちの話を聴こうと、会場はみな満員だった。

 また、塾出身の政治家も母校を訪れ、元自民党幹事長の中川秀直氏、国民新党代表の綿貫民輔氏の二人が、日本の教育や政治、大学生へのメッセージを語った。ほかにも、デーブ・スペクター氏、セイン・カミュ氏、清水ミチコさんら多数のタレント人も来塾し、塾生を交えてのトークショーなどで会場を沸かせ、華を添えた。

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 三田祭注目のミス慶應コンテストでは、グランプリに経済学部三年の本山華子さん、準グランプリに文学部一年の小川恵理子さんが輝いた。本山さんは、「私でいいんですか」と驚きながらも、「うれしいの一言。この六カ月、楽しい時間を過ごせた」と喜びを表現した。一方、ミスター慶應コンテストは、グランプリに経済学部一年の江口亮介君、準グランプリに理工学部二年の山元浩平くんが選ばれた。

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 野外では合氣道部や少林寺拳法部による演武が観客を沸かせ、三田祭名物となったプロレスの派手なパフォーマンスは会場の笑いを誘っていた。室内企画では、教室を舞台に変えて行われる能楽や歌舞伎の公演、手話コーラスや子供向けの人形劇、落語や音楽団体によるジャズ、ピアノ演奏など、文化団体の企画も多数行われ、子供から大人まで多くの来場者が楽しんだ。

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 そのほか、中庭には約百店もの模擬店が並び、塾生ならではの一風変わったアイデア料理も楽しめた。

 三田祭フィナーレとなる後夜祭はあいにくの雨となったが、ダンスサークルJADEと音楽団体SHACKSのコラボレーション企画のほか、塾生による神業芸披露など、ハイレベルな演技に観客も盛り上がり、会場には安西祐一郎塾長も駆けつけた。最後は應援指導部を迎えて全体で若き血を熱唱、四日間にわたる祭りは幕を閉じた。

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