2008年09月10日号
若き先導者たちへ -次代にたくす日本の未来⑤
ジャーナリスト、国家基本問題研究所理事長
櫻井 よしこ 氏

“公”の心持つ人に
“全社会の先導者たらんことを欲するものなり”―これは福澤諭吉先生が語った慶應義塾のあるべき姿である。本企画では、社会の先導者たちに、未来のリーダーとして学生が持つべき姿勢を学ぶ。第五回目は、日本再生の理念を掲げ、フリージャーナリストとして多様な分野で言論活動を続ける櫻井よしこ氏に語ってもらった。
――ジャーナリストとして大切にされていることは。
ジャーナリズムの基本は、あらゆることに興味を持つことです。世の中の現象は、一つひとつ個別に起こっているのではなく、必ずどこかで繋がっています。専門だけにとらわれず、ジャンルを超えて幅広く好奇心を持つことが出発点です。
また一方で、一つのことに関心を絞り、継続して突き詰めるという継続性もジャーナリズムの基本です。今日の状況は、必ず明日に繋がっていき、昨日に繋がっています。この繋がりの中で、問題のあり方も変わっていきます。継続が大切な理由です。
――日本の課題と今後取り組むべきことは。
私は、日本が全ての面で液状化しつつあるのではないかと、危機感を持っています。国家を造るのは人間ですが、人間の質そのものが、劣化しつつあると感じます。
安部前首相や福田首相も、それぞれ辞める理由があったと思いますが、国際社会のスタンダードから見たら、政権を一年ほどで放棄してしまうのは異常です。そうした異常が日常的に起きるところまで、社会の質も落ちてしまっているのです。
こうした戦後日本の問題は、真の意味で日本が国家ではないこと、日本人が日本人でないところから始まっていると、私は考えます。
国家でないという意味は、自らの軍事力と政治力、経済力と国民の意志の力で自国を守ることができない状況を指します。日本は敗戦の結果、アメリカが作った憲法を受け入れざるを得ませんでした。そして、安全保障や外交は基本的にアメリカに任せ、経済に特化してきました。そうして世界第二位の経済大国になりましたが、他国からの脅威に対して、自らの力で身を守り得ないまま、目先の利益だけを追い求めてきた。それでは、いつかは潰れます。
日本はなるべく早く現在の商人国家を脱して、普通の民主主義の国になるべきです。国際社会に対しても、経済、軍事、政治、技術などすべての面で貢献できるはずです。他国と同じことを日本なりの工夫でもっと優れた方法で貢献できるはずです。日本だからやってはいけないということはないのです。憲法改正などを実行し、真っ当な民主主義の国になること。それが日本が今取り組むべきことです。
――それでは日本人であるということは。
日本の歴史、国際関係史をよく知らない人が増えています。自分が何者なのか、つまり歴史を知っているかどうかが、日本人であるかないかの違いです。
歴史を学ぶということは、先人たちが何を大事に思っていたのか、何を守ろうとして戦ったのか、何を守って死んでいったのか、その魂や価値観を学ぶことです。それは自分たちの祖国を造った人々の価値観を尊び大切にすることであり、祖国を愛することと同義語だと思います。
そうした意味で、私は多くの、歴史を学ばない人々は本当の意味での日本人ではないんだろうと考えています。ここから日本の根本を直していく必要がありますが、これは今すぐにでもできることです。一人ひとりがしっかりと歴史を学び、日本をもっとよく知ったうえで祖国を愛せる日本人になってほしいと思います。
――未来のリーダーとなる学生に期待すること。
二十一世紀は、日本こそが世界のリーダーになるべき世紀だと、私は思っています。地球の人口は増え続け、食料も自然環境も非常に厳しい状況になります。その中で、自然と非常によい関係を保ちながら共存し、国民が身分の違いを超えて豊かに暮らしていた歴史と文明が、日本にはあります。それは、徳川の鎖国二百六十年の間に、外国から物を輸入しないで自力で生活していたことを見ても分かります。この日本文明が今の地球上に広がっていけば、二十一世紀の地球環境も食糧危機も解決の方向に向かうと思うのです。
それは日本人がどのように暮してきたのかという歴史の中身を理解し、認識することから始まります。学生の皆さんには、ぜひ自分たちの国の歴史を学んでほしいのです。
そしてもう一つ問いたいのは、戦後日本の六十年余り、日本人は個人の幸せに重点を置いてきましたが、それだけでよいのかということです。お金や物が豊かで個人が楽しいことが幸せだと思い、経済活動に集中してきました。
人間は経済だけで生きていくのではありません。自分ひとりのために生きているのでもありません。人間はもっと他人のために、社会のためにも日本のためにも、そして他の国のためにも、生きていく存在なのです。自分や自分の周りだけが良ければいいというのではなく、その枠を超えて国家全体のより良いあり方を考える、“公”の心を持った人材になってほしいと思います。
【さくらい・よしこ】1945年ベトナム生まれ。ハワイ州立大学歴史学部卒業。クリスチャン・サイエンス・モニター紙東京支局員、日本テレビ・ニュースキャスター等を経て、現在は社会派ジャーナリストとして活躍。2007年12月に国家基本問題研究所を設立し、初代理事長に就任。近著に、『異形の大国 中国―彼らに心を許してはならない』、『いまこそ国益を問え―論戦2008』などほか多数。
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多文化共生への道-5- フユマン・A・ムガールさん
イスラム評論家、ジャーナリスト
フユマン・A・ムガール さん
人類・社会へ貢献意識を
日本は英国型目指すべき
全五回にわたり、連載してきた本シリーズも、いよいよ最終回。これまで、日本を取りまく環境や多文化共生政策などについて考えてきた。今回は、具体的な内容を見ていきたい。イスラム評論家、ジャーナリストして活躍中のムガールさんは、国際結婚して日本人の妻を持つ。つまり、仕事のみならず、家庭においても多文化共生を実践中である。そのムガールさんに日本文化の印象や、国際結婚の体験談などを聞いた。
――日本に来て、外国人差別を受けていると感じたりしましたか。
私が日本に来たのは二十年前で、そのころはまだ外国人が珍しい時代でした。そのため、じろじろ見られたり、からかわれたりした覚えがあります。最近は外国人が増えたため、そのようなことはなくなりましたね。今は日本にいても違和感はありません。
――日本の文化に触れて、どう感じましたか。
宗教的な違いを一番感じました。イスラムの社会では、はっきりとしたイスラム教文化が生活の中に根付いています。しかし、日本の文化にはあまり宗教性を感じません。いろいろな要素が混在していて、何が根本にあるのかよく見えません。例えば神社やお寺に行くにしても年に数回参拝するだけです。日本の文化や伝統が目立って表現されるのは、冠婚葬祭のときくらいではないでしょうか。
――世界では宗教的な対立も大きな問題になっています。
二〇〇一年にアメリカで起こった同時多発テロで、世界は大きく揺れました。正確にはイスラム教とキリスト教の対立ではなく、アメリカという国家への反発から起こった事件と見るべきでしょう。宗教にも対立を引き起こす要素があることは事実です。しかし、だからといって衝突するのではなく、人間としてお互いに理解し合おう、共に生きていこうとする「努力」が必要です。平和的な解決方法を探さなければなりません。「弱肉強食」の発想ではなく、強いものが弱いものを守るというメカニズムがあれば、戦争は起こりません。しかし残念ながら、今の世界では何が正しくて何が間違っているかという判断基準が不明確で、混沌としています。
多文化共生社会には二つの種類があります。一つはアメリカ型です。アメリカは根本となる伝統文化が少なく、さまざまな文化が混じり合って社会が構成されています。もう一つはイギリス型です。イギリスは伝統的な文化を持っていて、その上で移民を受け入れています。だからイギリスは、アイデンティティとなる伝統文化を失っていません。
日本にも神道的、仏教的な伝統文化があります。私は、日本はそれを大切に持ち続けるべきだと思います。他の文化も受け入れていくのですが、日本独自の伝統文化を失ってはいけません。そういった意味で、日本はイギリス型を目指すべきだと思います。私もいろいろな日本人と交わった経験から、日本の文化も尊敬しています。また、妻が日本人ですから、多文化共生を二十年以上も実践し続けています(笑)。
――国際結婚をする上で障害はありませんでしたか。
私の親が宗教上の理由で反対しました。イスラム教は他の宗教の信徒との結婚には厳しいのです。しかし私は神様と会話し、愛が先か宗教が先かと考えました。その結果、愛が先であるという答えが出ました。かといって、イスラム教は私の育ってきた文化であり、捨てる必要はないわけです。国際結婚はお互いの文化を理解することが重要です。だから、結婚はイスラム式と日本式の両方で行いました。これが多文化共生の実践の例ではないかと思います。
――多文化共生社会へ移行するにあたり、日本人が外国人をどう受け入れるかが重要ですね。
例えば私の住んでいるところの近くにも、オランダ人の医師がいます。その医師は親切で優しいため、地元でも評判はいいのです。このように、優秀な外国人が日本で仕事をすることは、日本の社会にとってプラスになります。確かに、結果として日本人が職を失うこともあり得るかもしれません。しかし、「仕事が取られた」と腹を立てるべきでしょうか。むしろ、競争のレベルが上がり、社会全体がプラスになっていくならば、社会は優秀な人をどんどん受け入れようと考えるべきではないでしょうか。
一方、「3K」と呼ばれるような汚い仕事をやっているのは、ほぼ外国人です。しかし、日本人はその仕事を「とられた」と腹を立てたりはしないでしょう。自分にとっての都合だけで外国人の受け入れを考えてはいけません。ぜひ、日本人も外国人も同じ精神レベルでともに人類や社会のために貢献する、という意識や価値観を持つべきでしょう。そうすれば、自然な多文化共生社会が形成されるはずです。
――外国人を受け入れることで犯罪率の上昇も心配されています。
私は、犯罪者への対策は政府がしっかりと行うべきだと思います。確かに、外国人労働者の中には犯罪を行う人もいます。だから受け入れと同時に、犯罪やテロを防ぐシステムをつくることが必要だと思い、これまで私も政府にさまざまな提案をして来ました。どの程度まで外国人を受け入れるか、どのように受け入れるのが効果的かなどの対策をぜひ考えていただきたいと思います。
――多文化共生社会で生きる子どもたちに向け、新たな教育制度を考える必要がありそうです。
まずはどんな国の人とでも共通の要素があれば、多文化共生が実現できることを知る体験ができたらいいと思います。例えば、食事です。私も留学で日本に来たときに、留学生たちとフード・フェスティバルをしました。誰でも食べることは好きです。いろいろな国の料理を食べながら交流し、徐々に友情が芽生えました。共通な話題からコミュニケーションを結んでいく、という体験が子どもたちには必要だと思います。
私の子どもたちは以前はハーフだといじめられました。そんなとき、私はこう言いました。「お前たちはハーフ(五〇%)ではない。ダブル(二〇〇%)だ」と。すると子供たちは自信を持ちました。持っている要素を自分がどう見つめるか次第でも、変わってくるものですね。
【フマユン・A・ムガール】ムガール帝国の末裔。パキスタンのイスラマバード大学で日本語を専攻。八五年日本国際交流基金の試験でトップとなり、招待来日。九州大学で心理学を学ぶ。現在、ペルシャ絨毯店を経営。イスラム評論家、ジャーナリストとして講演活動。「朝まで生テレビ」等に出演。国際会議や法廷通訳としても活躍。日本人の妻との間に四人の子を持つ。
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